2007-03-31

21世紀に大変革は起こるか?-5

「ルーラ!ルーラ!ルーラ!」(ルーラ大統領候補の演説会場)
「ありゃ?おまえのオヤジ、ルーラが嫌いだろ?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、なんで応援するんだ?」
「このあいだ、ルーラが大統領になったらアメリカへ逃げるって、オヤジが言ってたからな。オレ、アメリカへ行きたいんだ」

これは1980年代のピアーダ(ジョーク)です。現職大統領、当時は左翼労働党の元万年ラジカル大統領候補だったルーラが、ラテン・アメリカ反米同盟を構築しつつあるチャーベス大統領をしりっぺにして、ブッシュ大統領に会うべく、アメリカへ旅立ちました。ビジネスの話だとはいえ、皆さん!これぞリアリストであるべき政治家の鏡です。

社会主義と共産主義、ファシストとナチズムと全体主義および独裁主義。学者に聞けばきちんと相違を示してもらえるかもしれませんが、私の感じではミックスやオーバーラップが多いようです。繰り返しになりますが、実態としての共産主義は、定義、概念からかけ離れて全体主義的、独裁的になったため、共産主義の本質がわからなくなっています。

つまり目的のための手段であった全体主義的施策が、結果として目的になってしまったと考えられます。けれども実際の中国や北朝鮮は、あいまいな「全体」の利益というよりも、むしろ共産党ないし独裁者という、特定された者の利益が優先されているため、独裁体制と言ってしまったほうがはっきりすると思われます。ブラジルでは、クーデターが南米に頻発した194060年代の軍部独裁を、明確に独裁体制と言っています。

そして彼らは、全体主義的、独裁的な特徴を最大限に活かして国民を外交に利用していました。つまり扇動ですね。民主主義にしても、極端な場合を想定すれば、選挙結果を違法操作し、メディアを使った世論を操作する巧妙な手段があれば、視点によっては、全体主義とたいして変わりがなくなります。ブラジルでは、電子投票システムの採用により沈静化していますが、南米全体で見れば、選挙の度に開票操作疑惑でケンカが起きています。民主主義のチャンプ、アメリカでも選挙疑惑が絶えませんね。

ウィキペディアで検索していくと、なんとか主義、かんとか体制がキメ細かに分類されています。ここでざっくばらんに言ってしまえば、細かな定義、分類など、私にとってたいした意味がありません。イデオロギーをひとつの「システム」と勝手に解釈させてもらえば、これらの分類されたシステムがどんなにアタマの優れた人間や、どれほどエライ人物がどれほど緻密に作ろうと、結局のところ、人間のエッセンスである情念、すなわちこちらでは、「7つの原罪」を打ち負かすことができない。これが私の結論です。

ハンチントン氏は以上のようなイデオロギーに、忘れ去られていた?中世的な宗教まで加えて世界を混沌にしようと目論みました。共産主義に打ち勝った市場原理主義もグローバリズム(アメリカ文化)も、やがては(近い将来かもしれません)疲労し、別な統治体制が求められると思われます。こちら南米では、くだんのチャーベス大統領が社会主義復活を狙っているようです。もしチャーベスが男を上げ、彼の統治体制がのちに記録されるとしたら、チャーベス主義とでも呼ばれるのでしょうか?それにしても人間の情念は実に根源的なものです。

これを「なんとか主義」統治体制によってコントロールすることが並大抵のことでないことは、ブラジルの混沌に住む私にとってはよく理解できるし、ほとんど不可能とさえ感じます。ネットでの情報によると、腕力によって制圧できるはずの中国の混沌も凄まじいでようです。そこへいくと日本人は、おそらく世界でもまれにみるほど素直でコントロールしやすい人種なのではないでしょうか(失礼!)。社会主義国家といわれるのも感覚として納得できます。

2007-03-30

21世紀に大変革は起こるか?-4

あなたが例えば、ブラジル東北部の奥地で荒れた地の畑を耕して自給生活する。痩せた牛から乳を搾り、米とフェジョン(豆)と、ごくたまにその辺を走り回る鶏の首をはねて食事にする。つつましい食事のあと、炎がゆれるランプを早いとこ消して、ハンモックで横になる。明日は日の出前に起きだして、20キロほどある近くの町まで、てくてく歩いて買出しに行かにゃあならん。

システムが出てきそうもない風景ですね。ところが同じ国でもサン・パウロに住むとなれば、溢れるシステムの中で暮らさにゃならん。「今日はバスと地下鉄乗ってセントロ(中心地)の役所へ行って、ショーバイの許可もらわにゃあな。2ヶ月前、店が3回も強盗にやられてね。それでもう少し安全な地区に移ったばかりで、こんどは監視カメラとアラーム入れたよ」。この話には、交通システム、行政システム、防犯システムが利用されます。

問題があったとしても、人が介在しないシステムなら話は簡単でしょう。防犯システムの機器のみに限れば、アラームやカメラ、システムをコントロールするパソコンが故障すれば、交換するか修理します。しかしながら誰かがシステムを監視しなけれはなりません。つまり人の介在を必要とします。こちらではこの盲点を突く事件がけっこう起こります。例えばガードマンが適切に訓練されていない場合です。

例として、侵入しようとする犯罪者は、修理作業者、電話工事、出前、セールスマン、親戚、警察などにカモフラージュしている場合がほとんどなので、中に入れるまでのチェック過程で様々な状況を考慮した対応ができなければなりません。それに最新のセキュリティーシステムを完備しているはずの高級マンションが、わりと容易に襲われている事件がニュースになっています。巧妙に考えられているシステムでも、買収されて内部手引きしたり、始めから強盗目的で就職潜入するなど、監視する側に裏切りがあれば機能しません(映画でおなじみのストーリーです)。

行政や司法システムは、近年IT化が進んでサービスの対応時間が短縮されたようです。それでもこちらでは、サービスの種類によりますが、司法、医療などは混沌といえる状況です。例えば私の知り合いのダンナが亡くなって、遺産相続となりました。日本でも相続は厄介なことですね。

弁護士を通して手続き書類はすでに掲出したにもかかわらず、34年経った今も許可が下りなくて、家の名義変更ができません。最近、法改正があって「登記種類保管所」に登録するだけでOKとなったので喜びました。ところがその前に手続きのキャンセルが義務とされたため、今度は提出した書類が堆く積まれた書類の中に埋もれてしまって簡単にキャンセルできません。こうしてシステムの問題は、相も変わらず継続します。

まあ、この程度のことは、世間を見れば珍しいことでないのでしょう。医療に関しては、もう書きました。それでも解決の方法がないわけではない。そう、袖の下。汚職です。TVニュースやバラエティ番組などでこの手の告発が盛んです。おなじみの超小型隠しカメラを持って悪徳役人や政治家に接触し、ワナをかけます。そして手打ちのあと、ワイロを受け渡しするところで御用となるか、盗撮したビデオをTVで暴露します。国会議員の収賄汚職は万国共通ですが、こちらもけっこうひどいもんです。

法制につても面白い話があります。交通事故があまりに多く、街道によっては救援が期待できないという理由なのかどうか知りませんけれど、救急道具一式が入った救急キットを車に義務付けようと法律を作り、方々でそのバカバカしさを指摘され、非難されていたにもかかわらず実施しました。結果は国民のほとんどが予想したように自然消滅です。働き者の議員が、ときにわけのわからない法律を作り、実施後自ら破る(違反する)ということも多い。どうも政治家には、エゴの塊のような人間が多いように感じます。

システムは利用者にとって一見わかりやすくて便利であり、信頼できそうです。しかし実は、情念(欲望)が動かす人間の意志によって影響されやすく、それを管理するものにとっても便利で利用しやすい、というのが私の結論です。

ここでイデオロギーという、面倒くさくてわかりにくいことに触れます。できれば辞書で「イデオロギー」を調べてみてください。歴史の話に戻ると、20世紀の特徴として、政治はイデオロギーによる時代になりました。19世紀の資本主義に対する応えとして、ボリシェヴィキ(共産党)がロシア革命を起こしてソ連が成立し、共産(社会)主義が資本主義に対抗します。

アメリカは資本主義と自由民主主義で、大日本帝国が立憲君主制による軍国主義によって、ヨーロッパでは、ドイツのナチズム(ファシスト?)やフランスの共和政、資本主義と立憲君主制のイギリスなどが連合国および枢軸国のグループとなって覇権を争った世紀と考えられます。大戦後、世界は共産(全体)主義vs資本(自由)主義の東西に分裂した冷戦構造となりました。

ここで脱線しますと、若いころの私は、マルクスでも読む必要があると思っていたのですが、当時の「朝日ジャーナル」を読んで、ゼンゼンないし、ほとんど意味がわからんとなって止めました。我ながらこれは無知と誤解に基づいたことで、難解で読めないほどのことではなかったと思っています。当時の毛沢東の文化大革命に恐怖したことが一因かもしれません。そしてソ連の反体制作家、ソルジェニーツィンの「ガン病棟」、「収容所群島」を読んで、共産党に近づかないようになりました。

次はウィキペディアによります。『全体主義(ぜんたいしゅぎ、totalitarianism)とは、個人の自由、個人の利益に対して、全体の利益が優先される政治原理、およびその原理からなされる主張のことである。歴史的には近現代において国力を全て総動員する戦間期にこうした主張があらわれたとされるが、今日でも、個人の自由や利益を制約する傾向が顕著な国家について「全体主義国家」あるいは「全体主義体制」の呼称があたえられている』

日本は軍国主義という全体主義的な統治体制を経験したと私は理解しています。そもそも共産主義の目的はなんだったのでしょう。「財産の共有を目指す思想。通常は生産手段の私的所有を社会的所有に変えることを理想とする」、とウィキペディアにあります。しかしながら、ソ連や中国の歴史的な実状が示すように、陰険な全体主義的体制になってしまい、汚職や権力などによって資産を私的所有する貴族モドキの特権階級が生まれ、国民の大多数については、搾取がなくなるどころか西洋の資本(自由)主義諸国より悪くなりました。

さらに悪いのは、独裁制であるため、全てが不透明で著しく公平さを欠くことだと言えます。知る権利の期待できる民主主義でないのは致命的だと思います。もし興味ある方は、ウィキペディアの「共産主義」を読んでください。日本の「世界で唯一成功した社会主義国家」についての解説もありました。これ以上イデオロギーに直接入り込むのは、複雑であるし、かつ私の知識の範囲を超えるため、次に進みましょう。

ベルリンの壁の崩壊によってソ連が分割し、共産党独裁が終わりました。その後、資本および自由主義が中国やキューバなどの一部を残して再び世界を征服したようです。そう、あなたにきつい仕事を与えてコキ使い、利益を搾り取ろうとする資本家に鉄槌(なんと懐かしい言葉でしょうか)を下し、あなたを解放して人間らしく生活できるようにしてくれるはずの希望の星、共産主義が圧倒的に少数派になっちゃったんですね。

このあと、いくらかの暗さをまとっていた資本主義は、市場原理主義などと交代し、さらにIT革命によって、暗さを脱ぎ捨てて大いに繁盛しました。バブルのように多少行き過ぎもあって、金融市場が飛び跳ねるなどして現在に至ります。そして大量生産によって工業製品は安くて高品質になり、携帯、パソコンなどの便利な商品が途上国にもどっと流れてきました。90年代の輸入品開放策によって、ブラジルの車などグッとよくなりました。なにしろ大統領がブラジル製自動車を、「荷馬車(カホッサ)」と申していたくらいです。

けれども21世紀に入った現在、資本および自由主義は理想となっているでしょうか?残念ながら答えは否定的です。98年に起こったロシア財政危機は、ヘッジファンドンのLTCMを破綻させました。当時ファンドの取引プログラムを開発した連中(「ドリーム・チーム」と呼ばれたという)が、ノーベル賞を貰った「ロケット・サイエンスのバカどもが」と揶揄された金融事件です。

日本の堀江モンなどの事件も同じことです。すなわち、市場原理主義のチャンピョン達のモラル感が問われてしまっています。投資市場のギャンブル化だけでなく、日本企業の特徴喪失や格差社会を嘆く人も多くなりました。またこの先、世界経済に溜まってきた債務と債権の歪みが一気に是正される可能性が高いと感じています。ついでに言えば、ヘッジファンドや株取引などのプログラムには、(可能かどうかわかりませんが)情念のパラメーターを入れない限り完全にならないでしょう。

2007-03-29

21世紀に大変革は起こるか?-3

ここで覇権のノウハウについて考えてみます。覇権の元祖、ローマはそれを確立する過程で軍事力とともに文化も使ったと思われます。塩野七三氏は、「紀元前3世紀とは、偶然にしろ、地球の東と西で大規模な土木工事が始まった時代でもある。東方では万里の長城-----3世紀の秦の始皇帝時代に建設された長城だけでなく、16世紀の明の時代の建設の長城まで加えると、その全長は5千キロにおよぶ。

西方では、ローマ街道網----3世紀から後2世紀までの5百年間にローマ人が施設した道の全長は、幹線だけでも8万キロ、支線まで加えれば15万キロに達した」、と「ローマ人の物語」に書いています。そしてなぜ、支那(原文)とローマが別々のものを建設したかということについて、支那は防壁によって異民族との往来を絶ったけれど、防御には不利と考えられたとしても、ローマでは、国家を発展させるには栄養を運ぶ血液が必要と考え、街道網という血液網を整備することは不可欠であると考えた。として、国家におけるインフラの重要性を指摘しています。

さらに、街道や上下水道などのハードなインフラと同時に、安全保障、税制、通貨、郵便などのソフトなインフラも普及させたと記述しています。私の考えでは、つまりローマは、その文化も波及させたと言えるのではないでしょうか。

いにしえの中国は、強国であっても覇権国ではありませんでした。なぜなら万里の長城をせっせとこしらえていたからです。朝貢はあったものの一時的なものでした。しかしながら日本や韓国など、その周辺国に文化的な影響を与えたことは否定できません。反対にモンゴル帝国は、異民族を征服して大帝国を築き、日本にも元寇となってやって来ました。しかし大帝国としては、分裂したため短期間に終わりました。他文化を受け入れても、波及させる文化はほとんどなかったと思われます(誰が書いたのか?ウィキペディアにモンゴル帝国の虐殺謀略説が書かれていたのは、とても興味深い)。

覇権を握っていたイギリスは、植民地に文化、インフラを波及させ、産業革命によってそれを市場化しました。アジアの覇権を目指した大日本帝国は、傲慢さが出た故か失敗しましたが、満州、韓国、台湾にインフラを残したことは否定できないことです。そして日本を破ったアメリカは、日本を占領して実質的な直接統治をおこなったのち、アメリカ文化を波及させることによって間接統治に成功したと思われます。

これは世界的にも言えることで、とくに冷戦後の単独覇権の成立によってグローバリゼーションというアメリカ文化を波及させ、軍事力以上に間接的な影響力を強化しました。金融システムによる世界経済のコントロールは、その好例と思われます。映画におけるハリウッドの影響なども同様でしょう。つけ加えると、アメリカは戦後日本に援助と朝鮮戦争という、経済再生のための機会を与えたことになります。

以上、覇権には軍事力と謀略以外のノウハウも必要だと思いました。では最近の注目株、台頭する中国の覇権についてはどうなんでしょう。たしかに古の日中関係では、中国の国力、文化が圧倒的に高く、その文化や技術を受け入れていた日本には、(中国が求めれば)覇権を認めるメリットがありました。しかしながら現在では、日本が技術や資金を提供したとしても、中国から得られるものがあるのでしょうか。

あるのは生産基地や市場としてのメリットだけで、それに軍事的な脅威が加わります。民主主義という西洋文化の影響を半世紀以上受けてきた日本が、資本主義の一部を導入したにすぎない共産主義を、統治のノウハウとして受け入れることができるでしょうか。

中国はまだ覇権のノウハウを勉強中と思われます。けれども、最近の状況を見ていると早急に習得しているのかもしれません。色々な場所で日本政府の対応の拙劣さが指摘されているので、あえて言う必要もないかもしれませんが、たとえ覇権を握ることそのものに意思がなくても、脅威に対抗するためには、そのための研究をするべきでしょう。

システムとイデオロギー:
システムという言葉を誰が発明したのか知りませんが、私はこの言葉の汎用性に驚いています。国としての体裁を整えている集団は、様々なシステムによって成り立っています。例えば、立法システム、行政システム、司法システム、課税システム、福祉システム、教育システムといくらでも挙げられそうです。

企業も同じように、管理システム、生産システム、オマケに人事システムなど。さらに私は、脳の思考システムで文章を考え、それを神経システムで指に伝え、パソコン・システムのキーボードを叩き、画像システムで確認します。システムが整備されていることによって、我々は容易に必要とする情報を得て行動することができます。ただし、システムが正しく機能しているという前提が必要です。

2007-03-27

21世紀に大変革は起こるか?-2

再び覇権について:
25日にEU調印50周年記念式典のTVニュースが流れ、ベルリンのブランデンブルグ門上空に打ち上げられた花火が印象的でした。ベルリンの壁が破られたときもこんな画面だったのでないかと思えます。05年ににフランスとオランダが否決したため、批准が凍結されているEU憲法についてレポーターが言及し、統一への道のりはまだ険しいと言っていたようです。

ローマの覇権が確立して衰退したあと、ヨーロッパは数々の戦火と束の間の平和と繁栄を潜り抜けました。はたして21世紀に真の統一を成しえるのでしょうか。ローマと言えば、塩野七生氏の「ローマ人の物語」を読むと(残念ながら、私はほんの一部しか読んでいません)、感じからすれば多分、建国当時のローマはメシを食うヒマもないくらい戦争に明け暮れていたのでしょう。

また最近のある雑誌で塩野氏は、クレオパトラとアントニウスの話で、彼女が覇権拡大を進めるローマのアントニウスという誤った男を選択してしまったため、その政敵であるオクタヴィアヌスのローマ帝国に宣戦してしまい、かつての強大国エジプトを滅ぼすはめになったと書いています。なんだか弟二次世界大戦で、ドイツをパートナーに選んでアメリカに宣戦布告した大日本帝国を想像しないでもないですね。

余計なことながら、当時の隠された情勢が晴れてきた今だから言えることかもしれないけれど、当時の日本の指導部は、アメリカの嫌がらせににも耐えて痺れを切らさず、オメメをパッチリ開けて左右を確認し、見通しがついてからパートナーを決めるべきでした。

さて、まず平和の基礎となる、世界を安定させるための覇権(ヘゲモニー)について考えてみましょう。私は覇権は必要悪だと考えています。前の記事で簡単な世界史のおさらいをしましたが、当然なことながら、一強国が永久に覇権を維持できるわけがなく、いつかは舞台から降りなければなりません。

ローマは王政、共和政、帝政と形を変えながら、史上最も長く覇権を保持した国家だと思われます。では現在の単独覇権国であるアメリカはどうなんでしょう。田中宇氏はアメリカが故意に覇権の多極化を謀っていると指摘しますが、それはさておいて、中国の台頭によって覇権の流動化が起こりつつあるのは確かだと思います。アメリカにしてやられたロシアも資源を武器に、再び台頭してきそうです。

ここでちょっと脱線します。覇権国家のそれが落ちるときって、どんな感じなんでしょう。想像すれば、ジョン・タイターの「予言」なんてのは、ありえるかもしれません。すなわちアメリカに内戦が起こり分裂するというわけです。ソ連邦の崩壊は国家の分裂となって起こりました。ローマ帝国もモンゴル帝国も内輪もめから分裂して覇権を失ったのではないでしょうか。イギリスは植民地とともに覇権を失いました。

若いころの私は、ノンポリながら毛沢東共産党に脅威を感じつつ、アメリカは南北戦争以降、常に自由民主主義の一枚岩であると思っていました。けれどもヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」を読んで、なるほど、世の中は複雑だと思いました。ちょうど70年前の去年、スペイン内戦が起こってへミングウェイらが支援する共和派がファシストの支援するフランコに対抗し、人民戦線として共産党員と合同してまで戦いました。終いにはフランコ将軍が勝利してスペイン戦争が終わり、歴史は弟二次世界大戦へと推移していきます。枢軸国側に勝つため、ここでもアメリカはソ連を支援しました。

ウィキペディアによると、48年ころから50年代半ばに、アメリカでマッカシーのいわゆる赤狩りが始まります。ここではとくにコメントするつもりがありませんが、マッカーシズムの影響は、今でも続いているという記事もありました。共産党の侵食を防いだという評価があるけれど、彼の強引なやり方に、「上院に不名誉と不評判をもたらすよう指揮した」として非難され、排除されたようです。

のちに暗殺されたジョン・F・ケネディは、彼を愛国者として擁護したと書かれていました。とにかく興味深い事件で、もしヒマで興味がありましたら調べてみてください。ひょっとしたら「南京」、「慰安婦」問題などに間接的な参考となるかもしれません。

世界の政治力学は覇権の要素が増えると不確実性が増してより複雑になるはずです。実は、アメリカの国家分裂というハッとするアイデアを知ったのは、タイターよりかなり前のSF小説からでした。もう持っていないので確認できませんが、作家は確か「2001年宇宙の旅」のアーサー・C・クラークだったと思います。軍事力はともかく、中国がまだ現在のような発展をする以前のことで、先進大国として描かれていたそれに驚きを感じたと同時に、日本の存在がないことを奇妙に感じました。

当時は経済技術大国としての評判が確立したころで、遠い未来とはいえ、無視する理由は何か?と思いました。でも現在なら疑問など感じませんね。中国の軍事的台頭によって日本が中国に飲み込まれるかもしれない。改憲などは煩わしいことでしょうが、並みの国として考えると、不確実な他国に国運をゆだねるのが果たして正しいことなのでしょうか?

誰にでもある疑問として、人類が平和に暮らすことができないのはなぜか?という極めて難しい問題があります。調べていないので知りませんが、おそらく多くの論文や記事、本があるものと想像します。私については、もし詳しい検証を試みようとすればアタマが痛くなりますので(それに、この大それたテーマを論じるためにこんがらかってきそうです)、直感によってここはさらりと申します。

「紛争や戦争はあらゆる情念の凝縮であり、発散の場所である」。つまり様々な欲望。こちらでは7つの原罪(以下参照)が人間にまとわりつく限り、戦争はなくならないのでしょう。また、あなたに不謹慎と言われるかもしれないけれど、平和というと、冒険心を発揮しにくいし、かつ飽きやすい人間の特性に根ざしているかもしれません。
『ダンテの「神曲」によると"煉獄では人間の七つの原罪を清めている。 第一の環道=高慢の罪。 第二の環道=嫉妬の罪。 第三の環道=怒りの罪。 第四の環道=怠惰の罪。 第五の環道=貪欲の罪。 第六の環道=大食の罪。 第七の環道=色欲の罪』

さらにクラークの「地球幼年期の終わり」にあるように、もし人類が次の進化をするとき、肉体を捨てて実態のない精神体となったなら、上のややこしい情念から自動的に開放されるわけですから、戦争だ平和だという議論はなくなります。ちと飛躍しすぎたか?

2007-03-26

21世紀に大変革は起こるか?-1

20世紀が始まったとき、20億だった世界人口は現在65億人に達したと言われています。出現したのが10100万年前と言われる人類は、キリストが現れて西暦が始まったとき2億人だったのに、最近ではたった100年で3倍以上になってしまった。つまり人数を勝手ながら繁栄と仮定すれば、人類は現時点で史上最大の繁栄を極めています。

なんのモンクもなければシャンペンでも抜いて祝いたいところです。しかしながら、様々な公害、貧富の二極化(格差社会)、温暖化などの多くの問題が生じています。これらの問題はここで一々挙げる必要もないくらい指摘され、環境の研究者も地球の限られた資源といったテーマで人口増に警告しています。そしてあなたもすでに問題を認識しているはずです。

では国連が予想しているように、このままの勢いで人口が増えてしまうのでしょうか。直感的結論を言えば、私にはすでに世界人口がピークに来ているように感じられます。規模の問題で相殺しえないと反論されそうですが、減る要因も大いにあるからです。先進国の少子化、アフリカを始めとするエイズ禍、途上国に蔓延する暴力、紛争や戦争。鳥インフルエンザなど、スペインカゼを彷彿させるパンデミックの可能性(14世紀のヨーロッパでペストが発生しました)。温暖化による水没や災害の可能性。蔓延する肥満とストレスによる早世などなどです。そういえば私はまだ観ていないんですが、「トゥモロー・ワールド」というSF映画観ました?

ここで脱線します。肥満に関しては、アメリカの取り組みやこちらのメディアからの情報では、すでに国庫を直撃する大問題だと言われています。そして健康を維持し寿命を延ばそうとすることは、人類にとって最も大きな関心のひとつでしょう。日本食ないしモドキのブームは世界的ですね。素晴らしい効能を並べた健康食品やフィットネスなどのビジネスが大いに繁盛しているようです。

私もこちらの医療とプライベートな経済事情にかんがみ、フトコロを傷めない方法をいろいろ模索していました。その結果、驚くべきことに(これはヨタ話なのでマジに聞かなように)、頭髪など(残念)一部に効果がないものの、目立ち始めた老化現象が4年ほど前から止まって徐々に若返りさえしはじめました。もちろん成長ホルモンなどの人工的な手段ではありません。これ以上書くと、ナンカ売りつけるつもりか?「捏造」するな、と言われそうなので話を戻します。

例えば経済界にとっては、市場を拡大して儲けるには人口が多いほうがいいのでしょう。20世紀の近代化された企業は、利益率を上げるために雇用をなるべく減らすかより低賃金の労働者を採用し、IT化とかロボットを使った自動化などで効率よく大量に生産する。あとは適当な消費者を見つけて競争力のある商品を売ればよいわけです。市場に人が増えればお客さんが増える可能性があるかもしれないけれど、払える能力のある客でなければ経済が成り立ちません。

しかしながら世界には、非熟練の簡単な仕事にも就けない、したがって物を買うための所得がないに等しい人々が、21世紀になった今日でも実に多い。いや、感じでは大多数を占めるとも思えます。驚異的な成長を誇る中国でさえ、国民の大半はその範疇にあると思われます。この類の人口が無秩序に増えればどんなことになるか。ファベーラ(貧民地帯)という混沌を抱えるブラジルに住む私には、過度に増加する人口に恐怖を感じても楽観を持つなど考えられません。日本や先進国の少子化問題は、むしろ限られた地域における問題なのです。

ブラジル政府はもちろんこんなことに気がついています。最悪のケースとして、ローティーンかそれ以前にマッコーニャ(マリファナ)を吸い始め、サッカーボールを蹴飛ばす代わりに本物の火器まで扱うような環境で生まれる子供を何とかしなければ、という認識はあるのでしょう。年で一番気持ちが浮つくカーニバルシーズンになると、政府ご用達のコーンドームをあっちこっちで無料で配り、コーンドームを使いなさい、とTVでコマーシャルを流します。ブラジルはカトリック国なので、コーンドームの使用をこうも開けっぴろげに喧伝することは、使用を禁止している教会の反発を買って当然ですが、政府は、かまうこっちゃない、と例年続けています。

裏を返せばそれほど深刻だという認識があるからです。あまり話を脱線させたくないのですが、カーニバル期間はセックスだけでなく暴力行為も増え、犯罪によるケガにそれが加わると思われます。街道にどっと繰り出す車も増加し、悲惨な交通事故がうなぎ登りになるのもこの時期です。ついでにケガといえば、こちらの無料の医療システムはすでに何回も事実上破綻しており、病院は病院感染の巣みたいなもんで、無料で配られる薬はほとんど払底し、診察を受けるために並んでいるうちに昇天ということもよく聞きます。

「無処罰状態」になる一要因として、死刑廃止があるとも思えます。悪党という表現がぴったりな重度再犯者が3百数十年の刑期を言い渡されたとしても、事実上刑の効果などありません。いつでも脱走される危険性もあります。この件については、人権という複雑な問題と併せてカトリックの影響もあります。こちらで強姦されて身ごもったらどうなるか?カトリックは堕胎を許しません。ひどい環境で不法に堕胎手術して死亡した例がよくあります。あるときなど、強姦された被害者が裁判によってやっとこさ堕胎の権利を得ました。この二つについては、少しずつ法改正の動きがでてきたようです。

『日本は「社会主義」で一番成功した国』、といった表現をよく見かけます。失業率が低くて国民に統制が取れているし、なによりも治安が良い。ヨーロッパの一部とカナダを除けば、どこに似たような国があるのでしょうか。程度こそ異なれ、世界を見渡せばブラジルにある混沌はいまだに大多数を占めていると思われます。

以上のことから、人類の願いである平和と安定した世界への道はいまだ遥か彼方にありますが、そこで私の疑問は次のことになります。前世紀で起こらなかった世界平和は、果たして今世紀に実現するか?ハンチントン的になってきた世界は、これから起こるかもしれない混乱を乗り越えて安定した世界を築けるか?そのために、21世紀に大変革は起こるか?