私は新人類による新文明がどうあるべきかを、「信仰と宗教-宗教の禁止」、「人類の存在意義は進化にある-愛や幸福は重要でない」によって明らかにした。それを補足するため以下のことを追加する。
最初に我々は、神は存在しないこと、したがって人類は神によって創られたのではないこと、そして人類の存在意義は愛や幸福ではなく、人類の進化であることを認識しなければならない。
統治:
全人類は人類の唯一の政府の市民である。私は人類の唯一の支配者であり、この政府の最高統治者である。最高統治者は絶対権力を有する。
現行の国家および政治システム、社会システム、経済システムを含む全てのシステムはリセットされる。
最高統治者の意思に反しない限り個人の自由は尊重される。しかしながら、公の秩序の維持に反するいかなる権利も認めない。
営利団体は禁止される。さらにその基盤となりえる家族形成も禁止される。すなわち家族は消滅する。
最高統治者は政府の行政(現在の立法、司法機能を含む)管理要員を任命する。
公用語は日本語とする。英語は現文明における最大の共通言語であるが、私の母国語は日本語である。最高統治者は完全に理解できる言葉を政府公用語として使わなければならないためだ。
公用語は日本語とする。英語は現文明における最大の共通言語であるが、私の母国語は日本語である。最高統治者は完全に理解できる言葉を政府公用語として使わなければならないためだ。
市民:
全ての市民は基本的に平等である。したがって人種差別などの正当な理由のない差別をしてはならない。最高統治者を含む市民は、正当な理由なしに不平等な富や優遇を得てはならない。
全ての市民は、以下の義務および責任を負わなければならない。最高統治者は義務と責任を果たさない市民の権利や主張・意見を認めない。
人類の進化と進歩に貢献すること
最高統治者に従うこと
最高統治者に従うこと
教育を受けること
労働すること
人類を外敵から防衛すること
良心(モラル)を持つこと
正直であること
いわゆる未開人は、新文明に同化することによって消滅しなければならない。
なお、最高統治者の命令に服従しない市民は犯罪者であり、状況によっては死刑を宣告することがある。
刑罰:
新人類による文明では犯罪が激減するだろう。しかしながら、それは犯罪が無くなることを意味しない。刑の適用と刑罰は現状よりもより厳しくなる。
なお、死刑は廃止されることもその執行を制限されることもない。なぜなら「人命はなによりも尊い」という考えは誤りだからだ。人間の魂は不滅であり、「この世」(実際はヴァーチャル・リアリティー)に我々が出生する意義は、一時的なヴァーチャル・リアリティーの体を持つ我々の魂が、進化するための経験をそこで得ることができることだ。したがって死を恐れる理由はない。
出生:
新生児は両親に属さず、全人類に属する。
我々は人口を3億から5億の間に制限するために厳しい産児制限を実行しなければならない。これは新文明の理想的な生存環境を実現するのみでなく、来る地球寒冷化(温暖化ではない)にも対処するためである。
出生に関し、遺伝子に欠陥を持つ胎児、例えば先天性異常(奇形・機能異常)児は可能な限り早期に発見されるべきである。それが確認された場合、治療手段がない限り直ちに堕胎処置をとるべきである。
我々は自らの魂の進化のために「この世」で生きる。この目的を理解できないサイコパスや重度の知的障害などの、脳に問題のある胎児も堕胎されるべきである。
堕胎の禁止は、死刑の廃止同様に誤った考えである。堕胎によって人生を経験するための機会を失った魂には、正常な生活を送るための転生(次の機会)がある。
労働と社会経済:
新文明は貨幣を持たない。全ての人類は、文明を運営するために必要な活動(社会・生産・研究活動など)に無給労働者として従事しなければならない。したがって税金はない。
それらによって得られた生活必需品を含む一般的な生産物は、全人類に無償で供給され、全てのインフラもまた無償で提供される。政府のみがそういった全ての活動を管理・運営できる。
それらによって得られた生活必需品を含む一般的な生産物は、全人類に無償で供給され、全てのインフラもまた無償で提供される。政府のみがそういった全ての活動を管理・運営できる。
新文明では、進化した機械やロボットが人類に代わって、いわゆる単純労働を実行する。したがって、特別な場合を除いて人類がそれらの仕事に従事する必要はない。しかしながら、自分のことはできる限り自分でしなければならない。新人類は自立精神を持つべきである。
医療:
我々は医療を変革しなければならない。真実、我々は物質で作られていない。すなわち我々の存在は、我々の集合意識が創り出す仮想現実である。この認識に基づいて医療を実施すべきである。
実際、我々は意志力のみによって免疫力を強化して病気を治し、あるいは寿命を延ばすことさえ可能なのだ。その一方、現在の医療は、患者を治療するよりも新たな問題を起こしている傾向がある。我々は、可能な限り意志力によって健康問題を克服するべきである。
尊厳死は認められる。疾病や怪我などから回復の見込みがなく、永久的植物状態と判断された患者の場合、安楽死の処置がとられる。さらに治療方法がない重度の精神障害者の場合にもそれが適用される。
なぜなら、まずあり得そうにない奇跡的回復の期待などは、介護者たちのみならず、人生を経験するための貴重な時間を失うことを強いられる患者たちにとってさえ災難である。この場合、転生する機会を与えるために、直ちに彼らの人生を終了させるべきである。
交通機関:
市街地などの特定地区における個人用乗り物の通行は、人力によるものを除いて禁止される。すべての市民は公共交通機関を使用し、可能な限り徒歩で移動する。それは健康にも良いことである。
エネルギー:
いわゆるフリーエネルギー技術の開発をおこない、代替エネルギーの使用を促進する。
科学技術と教育:
まず我々は、知的生命体の集合意識こそが宇宙と世界(「この世」)、そして人類の存在(実際は幻想)を創り出していることを認識しなければならない。この認識を基に科学、技術、教育の研究をおこなうべきである。
あらゆる現象や出来事は集合意識が創り出す幻想である。したがって絶対的な事実は存在しない。しかしながら、全人類が起こったことを「事実」と認めれば、それは人類にとって事実になる。
それでも現在の科学や歴史には多くの矛盾、誤解、捏造、嘘がある。そんな科学と歴史を見なおすべきである。(「なぜ『票儒的宇宙論モデル』は間違いなのか?-意識が宇宙を創造した」、「エセ大天才アインシュタイン-理論物理学は虚構」、「なぜ光速が一定で上限なのか?」、「古代史の謎を解くことに意味があるか?」、「たぶらかしの歴史が終焉する」参照)。
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